初めて会った時、なんて常識的で親切ではっきりとしたでも優しい人であろうかと思った。
無論、それは八雲が最初に会った月が強烈であったからでもあろうが、この上なく人当たりのいい蒼はにっこりと笑みを浮かべて月の我儘を聞いている姿を八雲はまるで佐保姫のようだと思ったのは一生明かせない事実であろう。
今は・・・滝夜叉姫のようだと思っているのは秘密である。
理不尽な事を言われてもうんうんと頷く姿は見慣れたもので、接客も向くのであろうが彼女自身は黙々と工房に篭っているか、絶対に立ち入らせてはもらえない仕事部屋に篭るか音楽を奏でているかの基本はこの三つ。
でかけるといえば数少ない友人とかレッスンか。
一人で行けば行き先は美術館図書館博物館か映画館か史跡のいずれかという非常にわかりやすいひとでもあった。
それ以外の場所にでかけるのは基本仕事だ。
そう、彼女は引篭もりに近い。基本的に。
案外姉の月の方が引篭もりに見えるが自分で気の向くまま散歩なぞする。
それが蒼には無い。
凝った作りの庭を眺めながらお茶をしている所は見るがおのずと出かけるということはせず、なるだけ篭る。
そして仕事部屋からは時折悲鳴が聞こえるがそれは月に聞かなかったことにしなさいと言われたのでそのとおりにしている今日この頃。
さて、八雲も今は月の温情にて学校に通っている。
学生服のままスーパーの袋を持って裏口より帰宅すれば蒼は愛想良くお客さんと話しており、目だけでにっこりと八雲の帰宅を認め直ぐにお客さんに意識を戻す。暫くしてピーターチャイムトーンの音がすれば靴音がして住居部分にて靴を脱いで蒼がにっこりと微笑んだ。
「おかえりなさい八雲君。」
「ただいまです、蒼さん。」
こげ茶色のしっかりとしたダイニングテーブルに置かれたビニールをのぞいてあら、と蒼は声を出して少し眉を上げるとはあとため息をついた。
「八雲君少しは遊んできたらいいのに。」
「いえ、まだそういう相手もいないですから。」
「気をつかわないでよ。これ、月の今日の注文?」
「はい、今日は魚の気分と言っていまして。近くの魚屋さんにいい金目鯛が入っていたものですから。」
新聞紙に包まれた鯛を持って蒼はまな板の上に鯛を置けば八雲が自分がする為に動くと、びし、と人差し指をつきつけられる。
「学校疲れたでしょう?座って宿題でもしていたら?部屋でもいいし。」
こういう時の蒼は絶対に折れない。
はい、と頷き黙って八雲は椅子にかけると、蒼の素早い動きを見ながらぼんやりとしている。
蒼はエプロンをかけて魚を素早く捌き、一部をジップロックにいれお湯を沸かす。具材を刻んで、鍋に手早く入れているうちにお湯が沸き、ポットとカップが温められて紅茶の香りがあたりにただよう。
目の前におかれた紅茶はハーブ入りで心が落ち着く滑らかな口当たりはブランデーでもいれたのであろうか、素早い蒼の動きは忙しい厨房で働いた事がある人ならではで八雲は見習いたいと常々おもっている。
さて、という声と共に蒼は使った調理道具を全てウォッシャーにいれるとエプロンを外して椅子に腰掛けた。
「学校はどう?お小遣い足りなくなったら言ってね。」
「有難う御座います。学校はまだ通い始めて一週間目ですから特に何という事はありませんよ。でも小学校から大学まである所ですからなかなか溶け込みづ辛いです。」
「悪いわね。何とかしてあなたが前に通っていた学校に戻れれば良かったのだけれどもう退学届出ていたしね。まあ・・・・なんとかしても良かったのだけれど通学も大変でしょうし、八雲君も嫌がったから・・・」
「いえ・・・別にいい思いでも無かったですからね。いいんです。」
蒼の不穏な言葉は無視する。
月に教えられたルールであるが、それは月にも適応出来る事を八雲は身を持って知っていたのでここは笑顔でごまかす。
「まあお坊ちゃんお嬢さんばかりなのは確かだけれどね。
でも人脈と思って頑張って。鼻持ちなら無い人生経験の浅い若造に八雲君が負ける筈も無いのだからね。でもあそこならやりたいこと興味を持った事に対して学べる事は普通の所よりも多いから。それだけは保証するわ。」
しっかりと頷いて八雲は蒼の言葉をかみ締める。
蒼はそんな八雲をほほえましく見守ってふと、時計を見ると紅茶を一口飲んで立ち上がった。
「八雲君、月さんが戻るまでTVでも見ていましょうか。」
はい、と先んじてリビングへと移動すると八雲はリモコンを持ってTVをつけると、いつも見ているニュース番組が流れ出す。
月と蒼に共通している事だが基本的にこの二人は娯楽番組を見るのは少ない。
だが蒼は八雲が気兼ねなくTVを見れるように小型TVを八雲の自室に置いてくれているが、このリビングにて見るTVはニュースか教養番組と決まっているのだ。
考え事をしていたせいか八雲の手からと、とリモコンが落ちて少し丸型のリモコンは転がってTV台の下に落ちてしまった。
絨毯の上に落ちたせいで大きな衝撃は無かったが、いかんせん精密機械であるから八雲は急いでTV台の下に手をやった瞬間、臨時ニュースが流れる。
アナウンサーの女性が緊張した面持ちでスタッフから原稿を受け取り、「臨時ニュースです」と告げる。
「本日先頃、中東○○国にてホテルロビーが爆発。怪我人多数、日本人の有無は未だ不明です。調べによりますと、女性が爆発したという証言から自爆テロの可能性は高いと思われます。」
告げられたホテルは米国系列の有名なホテルで、日本人も好んで良く泊まるホテルだ。(月曰く、なんでわざわざ高いお金を出してまっずい日本食を食べたがるのか理解できない、と常々ホテル名を聞く度に文句を言うホテルである。)
またか、と眉をしかめて八雲はTV画面を見てそのまま視線を蒼へとうつせば蒼は眉間に皺をよせてとても不機嫌な顔をしている。
一時中断していたニュースが再びアナウンサーの口から続けられた。
息を弾ませてややうれしそうに。
「確認できました、日本人はいません、繰り返します犠牲者に日本人はいません。」
次の瞬間、八雲の目の前をクッションが飛んだ。
パフ、というやわらかい音と共にTV画面に当たり続いて二個目が命中、三個目は横にそれて、蒼は投げつける物を何か探していたので慌てて八雲が立ち上がる。
だって目の前にはティーカップしかないから。
「蒼さん!」
「八雲君TV消して!」
普段の穏やかさの欠片も無い激しい口調で言われ慌てて八雲はTV台の下にかがむと蒼は口をヘの字に曲げる。
屈んだ丁度頭の上にTV電源があるからであると気付いた時はもう遅い。
蒼はTV台の後ろに回って。
バチン、という音がしてTVは沈黙した。
アンビリカルケーブルがきれても内蔵電力で少しは持つ筈が、違うこれはTVだそんな事は無い。
要するに電源をわざわざTV台を動かして引き抜いたのだ。
なんて乱暴な。
あっけにとられる八雲を無視して蒼はそのまま足早に自室の方向へと引き上げていく。ドン、と扉が閉められてドンドン、と暫く音がしてそして静かになった。
固まったままの八雲がようやっと落ち着いてリモコンを取り出しテーブルの上の置く。
そしてそのままじ、っと床に座ってなんなのだろうとぼんやりしていれば玄関の開く音がして、目の前に薄桃色のスリッパが映る。
顔を上げれば無表情の月だ。
「何してるのこんな所で。寝るなら別の場所にして頂戴邪魔。」
わかりやすい。月は八雲にとって逆らってはいけない人ではあるがその行動に理解の範疇を超えるものはなかった。
「あの、」
言葉にならない八雲を見て本当に邪魔であったのであろう月は自分のバッグを八雲の頭に置いてソファに腰掛けてリモコンに触れる。
TVはつかない。
「ちょっと・・・・・・・・・・・・・蒼は?」
TV台が動いているのに気付いたのであろう、文句を途中でおさめて八雲はそっとバッグをテーブルに置きながら蒼の自室の方へと視線を写せば月が眉を上げる。
こういうところは双子なせいかそっくりの仕草だ。
「あの、TVのニュースでテロがあって・・・」
「わかったわ。で?夕飯は?」
「はい、蒼さんが準備を終えてます。魚はちゃんと買ってます。」
「そう・・・蒼が準備したなら勝手にいじったら今は不機嫌になるわね。
わかった。お茶いれてて。洋食?和食?」
「わからないです。」
「だったら大人しくダイニングで待ってて。蒼呼んでくるから。」
それだけ言うと月は立ち上がり蒼の部屋へと向かっていった。
十五分ほどしただろうか、静かにダイニングに入ってきた蒼と月を見て八雲はほっとした笑みを浮かべると、蒼も笑みを返しそのままいつもの蒼と同じ振る舞いのまま夕食が始まる。
鯛のカルパッチョにサラダ、パスタ、ムニエル、デザートとお茶。
食後のワインを飲みながらいつもよりちょっと酒量が多いだけで変わらない蒼は片付けを終えるとそのままお風呂入って寝るわ、とだけ告げてダイニングから出て行った。
まだ食後のお茶を飲んでいた八雲は同じくデザートと紅茶を口にしていた月を見れば月は片眉を上げて首を少し傾ける。
「気にしない事よ。」
八雲の理解できない事のそれが一つ目であった。
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