番外編。
夏なので水浴びしてます。後日談を多分後日に書くかもしれない。
梵鐘が聞こえる。
そう呟いて夕涼みの為に縁側に座り、水を張った桶に足を入れていた蒼はそのまま立ち上がると桶から足を抜き足袋も草履も履かず桶に躓きながら庭の池へふらりと近寄る。
石灯籠の苔むした所へ肩をぶつけ、簪が髪から落ちる音で八雲が振り返ると蒼は池に足を半分いれた状態であった。
八雲は慌てて手に持った葛きりを乗せた盆を置くと、下駄をつっかけて蒼の腕を引く。
もう片方の足を池へいれようとしていた蒼はその反動で揺れた長い髪の間から八雲をゆっくりと見るとぼんやりとした眼で瞬く。
今朝方帰宅した時から様子がおかしいとは思っていたけれども大丈夫だろうと楽観視したのがまずかったと頭の端で考えながら、八雲は蒼の腕を強くひき、池から引き上げると両腕をしっかりと掴み蒼さん、と強く呼びかけた。
薄く膜をはった瞳から涙から一筋零れ落ち八雲の腕に落ちると同時に月の不在を呪うような気持ちで息を吐き、一先ず家の中にいれなければ、と蒼の腕を更に強く掴み引き寄せた瞬間身体の力が抜け、八雲は手を離してしまう。
砂利を踏む音が妙に響き、そのまま背を向け髪は風に煽られるまま蒼は池に足をつけ、身体が揺らぐ。
「蒼さん!」
力が抜けた体のまま八雲は地面に膝をつき、懇願のように叫ぶ。
池の水面が派手な音を立て水しぶきが八雲の身体にあたり蓮が踊る。
蒼は池に沈むと頭から幽鬼の如く上半身を起こし胸下まで水につかったまま座っている体勢で何かを強く握っている、手に何を、と八雲が目を凝らすと、それは先日蒼が宅配で送ってきたものの中に入っていた硯で、月が池に投げたものだ。
蒼は頬擦りをしながらうっとりと口元を緩め何かを呟こうと声を出す寸前、八雲の横から腕が伸び、素早い動作で硯を取り上げると再度池の中に投げ込み、蒼の肩を掴む。
「何をしているの」
あきれたような、不思議と怒りは感じない声。
「暑いから」
「呆れた」
そういって姉妹は笑い合うが八雲には疲れが肩に圧し掛かり、己の心配は徒労に終わったのだ、と思うと別の意味で力が抜けた。
相変わらず姉妹は池の中で笑っているけれども。
さあて、何故そうなったのか。
知っているのはあの姉妹だけという事か、と溜息をついたまま立ち上がり、ぬるくなってしまったであろう葛きりを冷蔵庫にしまわねば、と膝についた汚れを払った。
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