無題。
刑部と治部。衆道です、直接描写は無いですが。(言い切った!!!)
衆道?と思う方はバックプリーズ。世の中知らなくてもいい事がたくさん御座いますれば。
しかも激短ぶつ切りシーンです。(短、と入力すれば湛と変換される私のPC。同類求む)
前後書いてアップする・・・かも?
「阿呆じゃ」
ぱしり、と扇子を鳴らして刑部は治部の私室の床を鳴らす。
客を迎える部屋には美しい青い畳が敷き詰めてあり、立派な床の間があるが、この主の部屋ときたらどうだろう。
仮にもその名が皮肉な口調であろうとも人に知れた治部の私室とは思えぬ程粗末なものだ。
畳すらない。
数寄のわからぬ男ではないが、己に対してあまりにも扱いが悪いのではないかと常々思う。これでは小西が何かにつけて贈り物をする気持ちがわからぬでもない。
霞み始めた目では細かなものまで見えぬが、きっと昔の通り麻の着物を着ているのであろう。
用件がわかっていたのであろう、忙しい、と殿はおっしゃっています、と困惑したような声の島を無視して私室に入ってみれば案の定文机に向かい黙々と働く姿がそこにあった。
その書状はそこかしこに散らかっており、治部らしからぬ様相に見もせず書状の宛名がしれようというものだ、見えずともわかる、あいもかわらず汚い字で返事を不機嫌に書きなぐっている治部の疲れた横顔。
そうして開口一番に刑部が言った言葉に顔を上げ、すんと鼻を鳴らし「忙しいと言った」と不貞腐れた子どものいい様で治部はようやく手を止める。
変わりはせぬものだ、と刑部が小さく笑えばようやっと筆を置き、片眉を上げると膝を刑部に向けた。
膝を下ろした刑部に茶を?と問うのはもう馴染みと言えよう。
「何が阿呆なのだ」
「治部が」
にじりより、おぼろげに浮かぶ治部の顔に手を伸ばせばその手を掴み、刑部が掴みやすいよう己から近寄り掌を頬につける。
刑部はそっと顔の輪郭を確かめ、首の太さ、そして肩を掴むと徐に息を吐き手をそっと離した。
「痩せたな」
「この暑さだ、痩せもする」
後方で楽をして、とは福島の言葉であるが、見てみよ、これは楽か?といいたくなるのを何度こらえたであろうか。
大掛かりな物量輸送は馬鹿には勤まらぬ、しかし、それも続けば破綻をきたす・・・自分さえ正常に動ければどれだけ助けができるであろうかと嘆くのは簡単だ。異国にて慣れぬ相手と気候とでどれだけの苦戦を強いられているであろうか、加藤も福島も。誰もが苦しい胸の内を誤魔化して突き進んでいるだけなのだ、そう、太閤殿下の狂気の渦へと。
聞こえる戦況は芳しいものだが、はたして真実はどのようなものかわかったものではない。
それを治部がわからぬ筈もなく、幾度も回りの側近たちが眉を顰める程に換言をしていると聞く。
無理をしているのであろう、だがそれ以上に。
「ちゃんと食べているか」
「左近に言われたか・・・」
「違う、昔から治部はそうだからな」
心配だった、そして、今朝・・・目が覚めて夜明け前かと思うたが鳥の鳴き声がする、邸内の働く足音がする。これは。
そう思うと居ても立ってもいられなかった。
沈着冷静と表されるこの大谷刑部が。
目が弱ってきているのに気付いたのは五助だった、そしてこの治部であった、いつかは来るその日を日々覚悟して過ごしていた筈であったがそれでも心残りはあるというものだなと皮肉な笑みを浮かべた刑部に治部は眉を寄せ、どうした、と呟く。
なんでもない、と言えば悔しそうに唇を噛んで、言えぬ事か、と悔しそうに言うのがどうしてこんなに胸をつくのか。
「そうではない」
「狸の事か」
「治部、いずれ徳川殿は」
「聞きとうない!」
真っ直ぐな気性が愛しく、それが後々この者を殺すやもしれぬとわかっていながらもそのまま見送ったのは自分だ、幾度もこの腕に閉じ込めた程の者をむざむざ死なせるような真似はしとうない、と繰り返し繰り返し言い聞かせても刑部は聞かない。
治部にとって太閤は絶対なのだと、わかってはいても。
「どうするつもりだ、後々」
「何をだ」
「まずはその書状」
指差された書の山、人望が無いといわれる治部であるが、それは徳川側が主に言うことであり、無愛想、付き合いというものをしないが潔癖忠臣さにかけては右に出る者はいない。各将の不平不満の山がその書状というわけだ。
「どうするもこうするも」
「殿下は聞いて下さらぬ、違うか。聞くのは専ら耳に良い戦況報告と浅井の姫の閨事」
「違う!」
「違わぬな、目引き袖引きする者を見ずゆくのは潔くて良いが、それをきかずして知りえるものは多くない。武張った奴等を見下すのもいいが、それを態度に出さぬ事だ。お前、今世間がどう動いていっているかわかっているか」
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「刑部、何故」
「なあに、こちらが勝つと思ったまでよ」
「しかしお前は徳川と縁もある、何故」
憔悴しきった細い体はうっそりと部屋の隅でうずくまったままであったが、見えぬ刑部に知る術は無・・・筈だったが。
「お前が泣いていると思って、違ったか、治部・・・いや三成」
「紀之助」
治部はおもむろに立ち上がり刑部へと近寄りその身体に手を伸ばす寸前で、制止の掌に息を呑み唇を歪ませる。
「触れてはいけぬよ」
「何故だ、厭うか」
「違う、病が進行してもうお前に触れて良いものではない・・・わかるだろう?」
言葉よりも早く、治部の腕が縋り付くように刑部に触れてそっと胸に顔を埋めれば佐吉、と思わず刑部の唇から出た幼名に微笑み、治部はくぐもった声で涙を堪えた。
「もう、長くはないのだな?」
無言は肯定であり、それを深く解する程に両名は近くある。
「この、この両の目が光を失う最後に抱いた者がお前であった事がよき冥土の土産となろうな」
「死地と思うていくのか、紀之助、ならば今一度その腕で抱きとうはないか」
「佐吉」
「恐いのだ、本当は。必ず勝つ、そのように胸の内は疑いようもない、だが・・・お前の忠告が今更ながらに身に染みるのだ」
「佐吉・・・」
刑部はおずおずと治部の身体に手を伸ばして、己に抱き込む。
この、醜悪とも言える姿しか縋れる者がいないのか、という憐れみと、今でもなお治部の中での己の位置の嬉しさからくる刑部らしからぬ抱擁であった。
いつか纏めてアップ予定。えと、叱咤激励感想等は大歓迎ですが・・・石は・・・投げないで下さい。
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