毎度、創作の双子の姉妹が経営する妙な骨董店話のお話です。ですが今回も日常です。
あいもかわらず趣味に走った内容ですのでご注意下さいませ。
本人、ギャグのつもりで書いてます。
「信じられない!!」
この地方にしては年に数度ある珍しい小雪のちらつく日で、雪駄を蹴飛ばす勢いで玄関で叫び声をあげた蒼の声に珍しいものもあるものだと八雲は慌てて割烹着を(蒼の持ち物だ)着たまま玄関先に行くと、レンタルビデオの袋をのぞいて見ている蒼の憤慨した表情にでくわした。
「おかえりなさい、どうしたんですか・・・」
「ただいま。あの店員中身間違えてるのよ!」
どんなにか楽しみにしていたのであろう、おそらくは手にしたDVDを待ちきれず居間についた瞬間から見たいと急いていて、あけた瞬間に冒頭の台詞の絶叫となったのであろう事は想像にかたくない。
「それは・・・残念でしたね」
「ほんっと!!!」
眉を寄せてそれでも足音を響かせず進む蒼の後ろを急いでタオルを持ってついていくと、蒼は早速居間のDVDデッキにディスクをセットしている所であった。
少し濡れた肩口にタオルをかけると、にっこりと有難うと礼を言われて、蒼の為に温かいものをいれようと台所の方に行き、ブランデーを少したらした紅茶を一杯と何も入っていない紅茶を手に居間へ向かう。
と、卓にマグカップを置いて顔をあげた瞬間八雲は凍りついた。
「蒼さん・・・これって・・・」
「ん?これねえ、趣味が偏るから苦手かもね。でも私は結構好きなのよ、デレク・ジャーマンの作品」
知らない監督名だ、それよりも先刻からモザイクだらけの画面が非常に気になりつつもはあ、と溜息をついて蒼の隣に座ると、そういえば蒼が好む映像作品の半分は八雲にとってよい睡眠を与える事が多い。
月いわく、小難しいのとか芸術的なのとか歴史系が好きだからね、と笑っていたような。
しかし今まで一緒に見てきたのとはこれはなんだか違う気がする、というか、何が画面の中で行われているかは想像がつく、自分もそれなりに年頃だが。
だがしかし、自分の知識の中のものよりも異常な世界が広がっている気がするのは気のせいだろうか、いかんせんモザイクが多すぎて細部は不明だ、というか・・・知りたくない。
「あの、これって・・・」
「セバスチャンというの。結構有名だけれど」
有名なのはその筋なのかもしれない、蒼をいたくお気に召している中年男性の客のような・・・だって先刻からモザイクの色は肌色しかない。
人間の証明は服を着る事である、と叫んでいたチラリズム大好き同級生の言葉の真逆をいっているような気もしつつ、そうなると少し他の作品が気になるというもの。
「蒼さん」
「今見てる」
マグカップを抱えて真剣に画面を魅入っている蒼の横から立ち上がり、そっとレンラル屋の袋をのぞいてみると。
吉原炎上(邦)
永遠と一日(仏)
乱(邦)
イノセント(アニメ邦)
パフューム(2007)
ウィトゲンシュタイン(英)
オペラ ランメルモールのルチア
オペラ セルセ
砂の女
10本借りるとまとめて千円だからこんなに大量に借りてきたのかそれとも暇だったのか、しかしタイトルを見ても半分もわからない八雲はひとまず居間を離れた。
台所にてほうとうをしこんでいると、眠そうな月が店を早々に閉めてやってくる。早いな、と八雲が視線を投げかけると、片眉をあげた月が(この仕草は流石姉妹と言えるほどよく似ている)いいのよ、と片手をヒラヒラと振る。
「雪が降っているのよ?しかも牡丹雪。絶対積もるわ。
こんな調子じゃ明日は休業しなくちゃ。お客なんかきやしないもの」
元より異常な程客数が少ない店だ、確かに雪が降っては客足は更に遠のくだろう。居間より漏れる音を聞きながら月は殆ど手がつけられていない八雲が自分用にいれたカップに口をつけて一口飲んだ瞬間。
「不味い。これ蒼が淹れたのじゃないじゃないの」
最初から月用に出したものでなければ蒼が淹れたとも言っていないあいかわらずの苦情にすみません、と八雲は苦笑する。
「なんであれだけ蒼に教えてもらっておきながら美味しくならないのかしら。
全くしんじられない」
自分の事は棚にあげて月は不機嫌そうに蒼に紅茶をいれてもらうつもりなのだろう、居間へと足を運んで五秒で帰ってきた。
「あの、月さん?」
「・・・いやなの見ちゃったわ」
「はあ・・・」
「八雲、あんな大人になっちゃ駄目よ?」
「あの」
「何?」
「あれってポルノなんですか?」
「ただのポルノならまだましよ」
どうやら蒼の趣味は月の趣味とそこは大きく違うらしい。
はあ、と言うと蒼は変態だから、と呟いた。
「あれのタイトルきいた?」
「セバスチャンだそうです」
「前に内容はきいたわね、確か聖書の内容とか」
「聖書の内容がどうしてモザイクかかるんですか?」
「知らない。一緒にあれ系見たことあるけど眠くなるか気持ち悪くなるのよね、多分私の理解の範疇外」
月に蒼の理解できない所があるだなんて以外だと思いながら、そういえばと他のタイトルも羅列すれば益々月の眉間に皺がよる。
「タイトル見ても知っているのが半分もなくて。イノセントぐらいでしたよ」
「この間は坂東玉三郎が出演しているナスターシャを延々と見ていたわ。乱は黒沢監督のでしょう?イノセントは押尾守監督のやつ。わーあいかわらずのわけのわからないラインナップよねえ」
「わけがわからないというか知りませんから。そういえば間違ってDVDはいってたとさっき怒ってたみたいなんですけど、どれが間違ってたんでしょうか」
「さっぱり。まあ蒼の部屋には鬼のように楽譜と本と映像作品とかあるからねえ。まあ貸してといえば貸してもらえる筈よ?趣味が合うかは別だけれどね」
等々はなしていると作品を見終えた蒼が早いのね、とご機嫌な様子で月に微笑み、不機嫌にマグカップを桜色の爪で弾いた月に確認もせず八雲と入れ替わるようにしてガスコンロの前に立つと紅茶をいれはじめる。
しゅんしゅん、というお湯が沸く音を聞きながら、そういえば、と月が首を傾げた。
「入ってたDVD間違ってたって?」
「そうなの!聞いて月!ウィトゲンシュタインとエドワードⅡが間違って入ってたのよ、見たかったのはエドワードⅡだったのに!」
「ああそう」
げんなりと答えた月に八雲がエドワードⅡって?と疑問を口にすると同時に答えを言おうとした蒼を制して月がぴしゃりと言い放つ。
「自分で調べなさい。人にばっかり頼っているとろくな大人にならなものね」
どうやらそれを蒼に話させると長くなる話らしい。月の相変わらずの態度に蒼はそう?と肩をすくめて、手元を動かす。
やがてアールグレイの芳香が漂い・・・あと一時間ほどで美味しい夕食がはじまるであろう事に八雲はいつもの如くわくわくしはじめた。
そんないつもの一日の終わり。
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