毎度創作夜鳴です。
今回は蕗田嬢とリンクしているつもりですが、色々勝手に指が動いて違う方向に行ったらごめんなさい。
興味のある方どうぞv
朝、一息入れる際に出されたいこ餅と渋めの緑茶は大変美味で、昨日蒼が仕込んでいたのはこれだったか、と妙に納得しながら月は自分の好みを把握している素晴らしい味に満足し、蒼の皿に盛られているいこ餅を了解もとらず手を伸ばし、蒼の湯のみのお茶も飲む。
常々月の為ならば腕を存分に振るう蒼であったが、今日のは一段と素晴らしいできであり、恐らく材料も良いものを使っている。
月は満足気にお腹を満たし、美味しかったという感想に嬉しそうに蒼は微笑んだ。
昼。
真っ白な蒼御用達の蕎麦が喉をつるんと通り過ぎ、天丼の海老は大きく身がぷるんとしている。
美味だ。
非常に美味な昼食を味わった後、ふと朝食の湯豆腐等を思い出しあれも美味であったと頷き・・・おやつ。
鈴懸の季節限定品に抹茶。ふんわりとした和菓子にいつもよりも香り高い美味しい抹茶に舌鼓をうち、これもあまりの美味しさにうっかり蒼の分も食べてしまっても何も言われない。
ああ美味しい。
きっと蒼は機嫌がいいのだろう、こんなに朝から美味しいものづくしだなんて。
滅多に不味いものは出されないのだけれど、今日はあからさまに凝りに凝っているのだ。
夜
あんこう鍋はわざわざ市場から買ってきたようなものを使い、出汁も美味である。これはおそらくあご出汁であろう。
今日はとても贅沢をしている気がする。
目の前の蒼と本日の食事に夢中の八雲を視界にいれつつ箸は進む進む。
しっかり食し終えて、暫くして出てきたデザートはさくら茶房の生菓子。
これはまだ見たことがないぞ、という事は季節限定品!?と嬉々として食べるとこれがまた美味。
幸せだなあと、しかも蒼の分を奪って食べられる程の丁度良い食事量。
出されたお茶は杜仲茶で、リビングに寝そべりたいほど満喫した気分でその夜を過ごした。
というのが三日間続けば。
流石になんだろう?と首を傾げる。
蒼を見ればにこにこと微笑み、差し出される辻利のお茶。
まあいいか。
と、思考は差し出された甘味に飛んでゆく。
そう、そこで思考停止すればよかったのだ。
普段ならばそうする、確実に。
どちらかといえば疑い深いと自負している自分が油断したのは、恐らく相手が蒼である事と、差し出される食物の美味さによるものだろう。
それ以外の敗因は考えられなかった。
三日目の夜、河豚チリも満足に食べ、片付けも蒼に任せて差し出されたほうじ茶を飲み、八雲も幸せそうに座ったままだ。
だから割烹着を脱いで二人の元へ来た蒼の表情に気付かず、ただ幸福を満喫していたのだ。
「ねえ、月、八雲君」
にっこりとここ数日の幸福の極みを味あわせてくれた蒼に二人は満面の笑みを浮かべて振り返ると、蒼は笑みを返して・・・
「食べたよね?」
「え?」
「え・・・はい」
「美味しかった?」
「それはもう」
「はい、とても」
「八雲君、月につられて私のお酒呑んだよね?」
「え、あ・・・・・はい、すみません」
「月、私の甘味散々食べたよね?」
「え・・・うん、でも」
「あれね、季節限定の特別注文品だったの。しかも一回じゃないよね?」
「でも、いつも・・・」
「食べたよね?」
蒼が恐い。
月につられてうっかり我儘に振る舞ってしまった八雲は小さく震えている程だ。
「ご、ごめん、買って返す・・・」
「来年じゃないと買えない」
「どおりで美味しかった・・・というか!これじゃあまるで昔の憎んでいる旦那、しかも高血圧高血糖奴に奥さんがうんと美味しい料理を毎日毎日食べさせて殺しちゃうような手段と一緒じゃないの!逆らえる筈がない!!!蒼卑怯じゃないの!」
憤慨した月に眉一つ動かさず、蒼は月、と月の手を取る。
「お願い一つ聞いてくれる?」
「まあ、一つなら」
差し出されたチケットには新幹線の日付と時間が記載されており、首を捻る月に蒼は名刺を差し出した。
「御堂義弘さんとご一緒なのだけれどね」
名刺には電話番号が記載されており、御堂義弘、とある。
「ちょ!嫌よ、絶対に嫌!」
「月、食べたよね?」
こんな蒼には絶対に逆らわない方がいいと悟った月は顔を歪めると、溜息をついて肩を落とす。
「で?何をすればいいの」
差し出された封筒を手に取り中身を見た瞬間、月は思いっきり驚いた顔になり、蒼をまじまじと見つめる。
「本気なのね?」
「私が本気じゃなかった事がついぞあった?」
「ないわ。しょうがない・・・本当に、本当に、ほんっとーーーーに嫌だけれど蒼のたっての願いじゃ仕方ないわ。行く。でも・・・」
「月、帰ってきたら京に行きましょう。南禅寺の懐石とか辻利でお茶したり、とか色々しましょう?ねえ、お願いね?」
「わかった・・・で?私だけなんて不公平だから八雲には私よりも酷い目にあわせてね」
「鬼だ・・・」
げっそりと八雲が目線を落とすと、蒼は八雲君といつものように呼びかけるが今日はそれが悪魔の囁きに聞こえるのはきのせいではないだろう。
「君は私と一緒に行って欲しいの。夏休みなのだからいいでしょう?」
これはたいしたことじゃなさそうだぞ、と胸を躍らせた八雲の後ろで月のブーイングが聞こえる。まったくもって大人の態度ではない。
「そう、同行者もいるのだけれどね」
「同行者?」
「そう、頼りになる人。青砥さん。八雲会った事あるでしょう?」
その瞬間、八雲の背筋に鳥肌が立ち、いやだーと叫び逃げようとした八雲に月が足をかけると八雲は派手に床に転んだ。
半泣きで月を見上げるとこの上なく愉快そうな顔をして、あら、と月が笑う。
鬼だこの人。
「あの!蒼さん!せめて真澄さんや芦刈さんとかご一緒じゃあ・・・」
一縷の望みをかけて言えば蒼はあっさり首を振る。
「同行者は青砥さんだけ」
何が気に入ったのか、青砥は八雲の事を気に入ったらしく、真澄ちゃんの次にかわいいといい、会った瞬間に唇を奪われてしまった八雲(しかも凄く激しいのを)は目を回し、気が付けば突飛な格好で髪がピンクな青砥に再度唇を奪われたあげく、あらぬ所を触られたという非常に忘れたい過去があるのだ。
回りの人達はあんなにいい人達なのに・・・
出来れば半径1m以内に近寄りたくない№1の青砥と・・・
「嘘だ、嘘だ、嘘だ!!!蒼さん!蒼さんは僕の貞操なんてどうでもいいんですか!」
「大丈夫、私だって一緒なんだから」
「あの人に人前という常識が通用すると思いますか!」
「しない・・ねえ」
わあっと泣き出した八雲を見てご満悦な月はさて、と立ち上がり蒼とよぶ。
「必ず京に行くわよ」
「無論」
顔を合わせて笑う二人の足元で呆然と崩れ落ちた八雲。
これがあの事件の始まりだった。
ほんとうに、最初からろくでもない始まりだったと八雲は過去を振り返った時そう思った。
続く予定
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