「ではこちらで如何でしょうか。」
綸子の着物の袖がふわりと揺れて、山吹色の襦袢が目に美しい。
黒塗りの簪に目立つ珊瑚を柱の蔭から見ながら、八雲は丁寧に家の掃除をしていた。
月は外出中で、時折やってくる蒼が相手するお客様はどの方にも共通して接客が長時間。しかもなにやら楽しそうに話が弾んでいる。
しかもテーブルに置かれた茶器は蒼お気に入りの白磁の有田焼きで華奢だと思える程に薄いその茶器は蒼が大事に大事にしているもの。
よっぽどのお客さんだなあ、となにやら気になり、八雲は掃除をしながら聞き耳をたてる。
もし、月に見つかれば耳を掴まれて地を這うような声で邪魔してるの?ねえそうなの?そうなら・・・という恐怖の時間が始まるが、蒼はその辺りは気にならないのか何も言われない。
物の価値の見方、説明の方法などはやはり実地で勉強したいものだからだ。
だが、顰めた蒼とお客さんの声は聞こえ辛く、蒼の手元が見える位置、でもお客さんからは見えない位置に近寄れば、含み笑いをする蒼の声。
「滅多に無いお品です。全部揃っています・・・手にとってご覧になりませんか?ほら、見事でしょう?腕のいい細工師が彫った物で、ここに号が。」
「おお!素晴らしい・・・が、これはなあ。」
「見る者が見ればわかりますが、わからぬ者にはわかりませんよ。
ほら、これはからくりになっているのです。」
お客の目が輝き、蒼の手元からそっとその商品を受け取った。
それは、根付だ。
根付箱を丸ごと持ってきている。
その中には一個一個丁寧に納められた根付が並んでおり、八雲も見た瞬間格好良い、欲しいと思ったものだ。その中にからくり、と呼ばれるとある所をひけば、中には桃に見えた根付が天女の舞姿が隠れていたりと憎い演出があるもの。
おそらくはそのような物を見ているのであろう。
そっと覗き込めば球体の根付で、何のモチーフかまでは良く見えない。
「これだけ揃ったものは初めて見る・・・。」
「クリーニングも全て済んでおりますので、通常に使って戴いても。」
蒼の声がひっそりとなる。
「個人的な楽しみの為にそっとご覧になるのも良いですよ、これはセットになりますし、その中には・・・これも。」
「ここここおこここここれれれれれはああああ!!!」
お客の上ずった声に囁くような蒼。
「これを持つと桃源郷に行ける、という噂があるとかないとか・・・。」
ごくり、と鳴る喉にお客が蒼さん、と呟く。
「譲ってはくれまいか。」
「貴方様ならば喜んで。ご自宅にお届けしますか?」
にっこりと箱を閉じ、風呂敷で包む蒼に首を振る客。
「いや・・・己が手で持って帰る。」
男は根付を己が物に出来るのがよっぽど嬉しいらしく、蒼に封筒を渡して、風呂敷を受け取ると足が地に付いていないような様子で帰って行った。
外まで見送った蒼が帰って来ると、八雲がテーブルに置かれた根付を見ているのがなんだか可愛らしく、蒼は小さく笑うと、八雲が顔を上げてあの、と根付に触れたそうにしたので、八雲が好きそうな根付を掌に載せた蒼が気になる?と首を軽く横にした。
「はい。不躾ながら・・・。」
「ふふ、あれはねえ・・・八雲君にはまだ早いかしら。
あの方は最初はこれをご覧になりに来たの。」
桐箱を開ければそこには睦みあう男女、小姓と殿、若い男と小坊主等々。
浮世絵の春画である。
「え!こんなのも扱ってたんですか?」
「うちはなんでも屋だもの。で、あの方が購入なさったのはこれのセット。」
根付入れの箱から取り出したのは二人の人間がくっついている根付。
八雲が首を傾げると、わからない?と蒼が声を潜めた。
「四十八手の根付セットよ。凄く手の込んだ、ね。」
「ええええええええ!」
そんなの、と八雲が目を白黒させながら先刻のやり取りを思い出すと、なるほど、と思う所もある。
「好事家、というのは何時の時代もいるものよ。あれだけのフルセットが欠ける事無くなるのが奇跡ね。ならばこそ、欠けす事無い好事家に譲りたいじゃない?しかもあれは普通に根付として使っても一見わからないほど。よーく見て、知っている人じゃないと何を表しているのかわからないの。
その時点で根付の意味を知るものは同士ってわけ。球体の絡まった図は鼠でも花でもよくみかける構図よね、人って結構珍しいけれど。
でも服とかで誤魔化しちゃえば大丈夫。勿論誤魔化しようが無い体位もあるから、それはあからさまな程に彫ってあるのだけれどね。」
「蒼さんがいう、あるべき物をあるべき場所へ、という事?」
「そうね、似たようなものだけれど、前の持ち主の意思+購入者の人格と懐具合って所。」
ちゃっかりとした蒼に八雲が苦笑して、でも、と続ける。
「もしあの根付をあのお客さんがつければそれは・・・・男から見たら英雄ですよ。しかしあのお客さんよく買いましたね。自分に忠実ですよね。」
「そうね。ま、いいわ。所で八雲君。今日は学校早かったのね。
ああそうか、中間試験だったかしら。ごめんなさいね、掃除とかいいのに。
自分の勉強時間に時間は当てて頂戴な。」
こういう風に気を使うのも蒼らしい。月に言わせれば勉強は自分の為なのだから気を使う方がおかしい、という。無理して周りが時間を作ってやらねばならないぐらいの勉強ならばやめれば、とあっさりと言う。
通常はこうして優しい蒼にほっとしつつ、ふと、蒼が接客している珍しさに蒼さん、と問えば恥ずかしそうに実は、と八雲からは見えなかった位置の頭を指差して。そこには鼈甲の紅葉の綺麗な簪があった。
「買っちゃったから少しは私も売り上げないとな、と。」
あはは、と笑う蒼の様子からしてまだ月にその事を言っていないのだろう。
夕飯時にその事で月が怒るのを予測して八雲は引きつった笑いを浮かべた。
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