御堂良知様
竜田川の色付きに心奪われながら澄んでゆく空気に目を閉じる今日この頃、如何お過ごしでしょうか。
こちらは文化祭などありました、合唱では私はピアノ伴奏をして、歌はあまり歌えなかった事が少し心残りです。
12月には音楽コンクールがありますので、今は学業よりもそちらに集中しなければならないので忙しく折角お手紙を下さったのに取りに行くのが遅れて申し訳なく思っています。
こちらとそちらでは随分違うようですね、私は寮生活などおくった事はないので想像もつきません。ですが、様々な国の人達と過ごす日々というは刺激的なのでしょうね。面白い話を是非聞かせて欲しいです。
私は夏のようにはいきませんが、会える日もありますから早めに言っていただけたなら例の場所に行きます。
そう、神主さん、和正さんはとてもいい人ですね、時折顔を出す私にお茶を出してくださいまして、舞か笛かをやってみないかと誘ってくださいました。非常に興味深いのですが、レッスンの事もありますし、なによりお稽古を新しくできるかどうかという事がありますから少し考え中です。良知さんはどう思いますか?
ベケットはゴド-を待ちながらのベケットですよね?まだ読んだ事がないので読んでみます。
私はテンペストを今読破中で、それというのもベートヴェンのテンペスト第三楽章を練習しているからというのもあるのですが・・・まるで俊寛のような話だと言ったらもの凄く笑われました。
似ていると思うのですが・・・置き去りにされる孤独、悲哀、飢餓、絶望。
手を伸ばしても無駄だと知りながら、という感じでしょうか。
考えながら弾きたいのですが、いかんせん私の手にあまる技術を要求されているのでついていくので精一杯という哀しさが溢れます。
努力が必要ですね。
そちらの庭園も定評がある美しいものと聞き及んでいます。
お城を改装した学校ならばきっと人ならざるものも居るのでしょうね、悪いものには目を向けぬよう気をつけて下さい。
しかし、イングリッシュガーデンは目に麗しいことでしょう。羨ましい限りです、いつかは見てみたいと思いますので、私の着色なぞする前に庭の絵を描いて下さいませんか?
そして次にお会いする時に見せて下さい。
では、益々寒くなるでしょうから温かくしてご自愛下さいませね。
蒼
薄紅の便箋にそっと指で触れながら図書館の隅で蒼の手紙に夢中になっていると、ふと影ができ、その方を見れば軽く笑うシュミットが居た。
ドイツ人なのだが、華奢でこげ茶色の髪の白い肌をした美しい少年のシュミットは細い指先で机に置かれた手紙をそっと手に持つと口角を上げる。
「例のオリエンタルビューティー?」
「そうだよ」
「使う手紙の紙も綺麗だね、これは何?」
「紅葉だよ、日本の今の季節は山がこの紅葉の葉で色とりどりになって小川にこの赤い葉が流れるんだ。夢のように綺麗だよ」
うっとりと言う良知に釣られてシュミットも目を細めて日本の見た事も無い光景に思いを寄せていると、突然我に返ったようにシュミットが良知の持っていた手紙を丁寧に封筒に直して良知の手に戻すと鋭い目線を投げかけた。
「アーサーには見せない方がいいと思うよ」
突然の忠告めいた言葉に反論しようと思ったが口をつぐんで良知はシュミットが一瞬見た方向へ目線と向けるとアーサーが金色の髪を少し揺らしてゆっくりとこちらへ歩いて来る所だった。
手紙をブレザーの内側になおして近くに置いていた本を不自然ではない速度で引き寄せると、シュミットが温かい息を漏らしたので良知も息を吐く。
「やあ、ヨシ、シュミット。何を読んでいるんだい?」
「読んでいるというか、教わっていたんだ。宗教絵画にはてんで弱いから詳しいシュミットに。レポートの題材すら思いつかなくて」
「仕方が無い事だよ。ああシュミット、ベキンズ先輩が呼んでいたよ。ヨシの課題の相談は引き受けるから行っておいで」
穏やかで丁寧なのに有無を言わせないアーサーにシュミットは頷くと、じゃあ、と良知とアーサーに手を振りその場を後にした。
シュミットが座っていた位置より近くにアーサーは座り、で?と首をかしげる。
「手元のスケッチブック、また何か描いていたのかい?」
指差されたスケッチを言われるがまま開こうとするがさっきのシュミットの静かな忠告を思い出し、別の頁を開くと、そこには蒼に依頼されたイングリッシュガーデンの水彩画の頁があり、それはアーサーの胸中を満足させるものであったらしく、鷹揚に頷いたアーサーは満面の笑みを浮かべた。
「相変わらずうまいね、この薔薇なんて瑞々しさすら感じるよ。でも今まで日本の絵ばかり描いていたのにヨシがこんな絵を描くなんて珍しいね。
どうしたの?」
「どうしたのって、綺麗なものには心動かされるのは同然だと思うけれど。薔薇はもう咲いてなかったから思い出しながら描いたんだけれど」
「綺麗だね。イングリッシュガーデンが気に入ったなら自宅に招待したいな、庭師が丹精こめて作った美しい庭だから」
目を輝かせて熱弁するアーサーの熱気に巻き込まれてそれは素晴らしいものだろうと想像すれば益々見たくなる。是非、とうっかり答えた後良知は、はっと言葉を止める。
入学をしてずっと一緒のアーサー。
良知を庇護に置き慈しんでくれるアーサーにいつからひやりとした感情を持つようになったのだろう、多分それは夏期休暇の前の、真夜中の。
唇にそっと指で触れた良知を不思議そうにアーサーが見つめる。
蒼が語った金糸の鳳凰のような髪が目の前で揺れて、深い若葉色の瞳の中に良知は居た。
何かが、何時からこうなったのか。
アーサーの側は安心していられる場所だったのに。
「じゃあ決まり。今度の週末家においでね」
「ああ、うん」
あの落ち着く場所は既に蒼の隣に見つけてしまった、良知は何かが大きく変わる鈴の音の音を聞いた気がした。
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