マエズロスとフィンゴンです。
吹き荒ぶ黒い砂嵐に赤い髪が舞い上がる。
視界が己の髪色に染まったのか、それとも己の吹出した血なのかもはや薄ぼんやりとした視界で判別がつかない。
ヒュウと鳴る風が不気味な小さな悲鳴のようで、…いやこれが悲鳴なのか風なのかわからぬし、それが悲鳴だからといって何が出来るわけでもないのだ。
最早瞼を上げる事すら苦痛な己には何の力もない。
風に乗って遠くから聞こえる歌声はマンドスの館への誘いか。
砂の混じった風が頬を叩く。
重い瞼をゆっくりと瞬いても、歌は聞こえる。
夢うつつの耳鳴りではなく、この歌は現実のものだ…意識を集中させて耳を澄ます。
聞こえて来る音を丁寧に一音一音拾って大事に胸にしまいこむ。
溢れ出す涙は止どまる事知らず、喉の奥に詰まった声を渾身の力で外へと向けて放った。
聞こえるぞフィンゴン、フィンゴンお前の声に私は答えよう。
音を立て鳴る鎖などものともせず、マエズロスの心は軽かった。
これが夢でもかまわない、何に憚る事なくこの声に今答えよう。
死ぬ前の夢はなんと甘美なのだ、マエズロスは答えながらもこれで最後に見る顔がフィンゴンならばそれはこのうえなく幸福に包まれて旅立てるとすら思った。
フィンゴンの声はだんだんと近くなり、やがて途切れる。
妙な昂揚感を押さえきれず、動かした手からじゃらりと鎖が鳴るのを聞いて、囚われの身の上だったのだと思い出した。
分不相応の夢をみたのだろう。
数々の大罪を犯して今自分が助け出されるなどと、そんなどうしようもなく妄想じみた夢。
自嘲の息が漏れる。
その息をつくことすら肺に響いて妙な音を立てる喉の音。
もう長くは持たないだろう憶測ではない事実に笑いがこみ上げてくるのを堪えられない。
その時だ、
「マエズロス」
黒の髪が翻る。漆黒の髪が僅かばかりの光を集めて、夜闇の中光輝く星のようにきらめいた。
「返事をしてくれマエズロス、君の声を聞く事を至上の喜びとする者に君の声を。」
その声はあたかも闇のこの国に、シルマリルの光が放たれたようだ。
「フィンゴン、勇敢なるフィンゴン。これは夢か?」
「夢のような現実だ。君が囚われたと聞き、私の心は闇の奥深くへ沈んでいたがいまようやくその苦しみから放たれた、私の夢のような現実。」
伸ばされた手はあの風光明媚な光の中で触れた時と同じ、暖かい楽園の中で感じた確かなフィンゴンのもの。
「助けに来た、君と再び共に有る為に。」
抱き締められた強い感触に鎖が鳴る。
「私は共には行けない。なぜならこの鎖ともう一つの鎖が私を戒めて、捕らえているから。君を私の運命に迎え入れる事は出来ないのだ。」
誓言は鎖だ。
フェアノールの苛烈な瞳に心を焼かれて共に来たのだ。
そしてそれは我が身とその周りに居る者への邪悪な炎となって、非情な不運を招くだろう。
弱々しく首を振るマエズロスの意思を尊重せず、フィンゴンは戒めの鎖を解き始める。
「誓言の鎖を解く事は出来ないけれど、少なくとも今この君に相応しくない鎖を解く事はできる。そしてこの先に待つものが何であろうとも私は君と共に有る事を諦める事はできない。」
「フィンゴン、よしてくれ。我らがした事を知っているだろう。」
聞くにも恐ろしい荒野を越えて、ここへ来たのならばその怒りと悲しみを身に宿さない筈はない。
船を焼いた我らを、私を。
許しはしないだろう。
「それでも君に勝る思いではなかっただけの話だ。」
鎖を乱暴に鳴らして、右手以外の拘束が全て外れた。
そして、どんな力を加えようとも右手を拘束したままの鎖はビクともしない、フィンゴンを嘆きと怒りを込めて城壁を強く殴った。
「何故外れない!?」
「モルゴスの意思が働いている、フィンゴン最後に君に会えたのは僥倖だ。これで何も悔いはない。私を殺してくれ。」
「君の願いならばどんな事でも叶えたいと今でも願っている、それでもその願いだけは聞き入れない!」
「お願いだ、私を哀れと思うならば、今でも私に思いを寄せてくれるのならばここで君の手で私を殺して欲しい。」
「それは私に死を命じるのと同じ事だマエズロス!君でさえも君を貶めて、そんな言葉を言わせる事を憎んでしまう!」
「何が最良か、もうわかっているだろう?父上も、もういらっしゃらない。これから先我ら兄弟は君の不運への拍車をかけるだろう。君の為でもあるし、私の為でもある。お願いだ、フィンゴン。」
マエズロスの左手がフィンゴンの頬に触れる。
その痩せてしまった手に唇を這わせてきつく息を吸った。
何の反論もしないフィンゴンに覚悟を決めたのだとマエズロスは解釈して、柔らかく微笑む。
「フィンゴン、最後のキスをしよう。マンドスの館で待っている。」
いまだかつて無いほどの、獣のような勢いでフィンゴンはマエズロスの唇を奪う。
砂の混じった風が頬に当たるのを感じながら、ここはマエズロスに相応しくない、とモルゴスへの憎しみと決意を固めた。
剣を強く握り締めて掲げたフィンゴンに穏やかに目を閉じたマエズロスを見下ろして、胃の焼けるような言葉を吐き出す。
「怨んでもかまわない、だが私は絶えられないのだ!」
剣が付き立てられたのは胸の上ではなく、右の手首。
体力が尽きかけていたマエズロスの唇から微かな悲鳴のような鋭い息が漏れるのを感じながら、その身体をフィンゴンはきつく抱き締めた。
「許して欲しい、これは私の我儘だから。」
睦事のような囁きが耳元で吐息と共に入ってくるのを最後にマエズロスは意識を遠くへ飛ばし、その正体の無い身体をフィンゴンは更に強く抱き締めて涙を流す。
城壁の鎖に残されたマエズロスの右手に唇をつけて、名残惜しそうにその場を風のように素早く去っていった。
上記文章は風香嬢に捧げておりますv
弁慶さんの例のシーン
願え、祈れ、地に平伏せ
絶望はそこに横たわっている
どうしようもない程の無力感にうちひしがれて、弁慶は膝をついた。
「化け物…」
過ぎた力は脅威でしかない。
結界はとうに破れ去り、命綱だった守りの勾玉にヒビが入る。
「弁慶!」
湛快の血の滲むような叫び声が切り裂く竜巻の外から聞こえる。
命を捨てて立ち向かい滅する事の出来る相手ならばそれもしよう。
だが、この清盛相手では
「無駄死にする気かぁっ」
湛快のダミ声に朦朧とする意識の中、口角を上げて反論する。
「馬鹿ですね………そんな気はありませんよ、ただ逃げられないだけです。」
正面をきつく睨めばそこには…幼い清盛が爛々と禍々しい光をたたえた瞳で弁慶を見下ろしている。
「さて、どうしましょうか。」
砕けそうな勾玉をきつく握り締め弁慶はゆっくりと立ち上がった。
「弁慶、この愚か者が」
幼い声でもやはり口調は生前の清盛と同じで、存在は大きい。
「貴様程の頭があればこれがいかに馬鹿げた事かわかっておろう!」
鋭い叱責と共に飛んできたかまいたちを受けて弁慶の頬から生暖かい血潮が吹き出す。
深く裂かれた臓器から溢れ出る血が止まらない。
生き延びる事ができるのか、出来ないのか。
判断をつけるのは易くはない傷だ。
それでも自然と浮かび上がった笑みは胃の腑を焼いてこみ上げる怒り。
「ええ。よくわかっています。貴方を生かす事の恐ろしさを!」
とまあこんな感じで。
今日は風香嬢らと民族衣装展にいきましたv
アフリカではモロッコ。
アラビア半島
インド
中国
の民族衣装に強く心惹かれて、こう、なにやら面白いアイディアが湧き出て止まりません!
凄い楽しかったですよーVv