欄間の光が畳に落ちて、文様を創り出す。
贅沢にも玉子の居室には全て畳がしいてあり、青臭い匂いになんとも言えず筆を置き薫風を胸におさめると玉子はちち、
と鳴く鳥へ向かい指を差し伸べた。
それは南蛮から来た虹色の鳥で不思議な形の竹篭に入れられており飛べぬ足に糸で囚われたままの姿は今の己に良く似ている。
近くに置いてあるギヤマンが光を弾いて籠から出した鳥の羽を照らせばきらきらと水面のように揺らめいていた。
襖の竜田川の向こうを開けたことは無く、侍女が控える間にある香具山の緑に目を奪われつつもちち、と鳴く鳥をいつかは逃せれば、
と思っている事を未だ口に出した事は無い。
くゆる香は忠興手ずから調合したものであり、慣れた玉子には忠興の気遣いとともに竜田川の向こうにある物の存在に口角を上げ、
人をなるだけ近づけさせぬよう気をつけている。
薄墨で手習いのように書き散らした和歌をそのままに暫く顔を見ておらぬ我が子の事を思えば悔やむ事も多く、
だがこれが忠興の意思である以上前にも後ろにも引けぬ己を流れる紅葉と例えてわらう。
失礼します、と侍女が来たのを丁度良いと文を纏めようとすれば侍女の口よりも早く背の高い忠興とどことなく似た姿に目を細め、
慌てる侍女に目線で合図すると、逃げるように侍女はその場を去ってゆく。
それを横目で見ながら眉を寄せるでもなく口角を上げるでもなく、無表情のまま玉子の指し示す所へむすりとしたまま腰を降ろす。
やがて運ばれてきた茶と菓子を勧め玉子はやんわりと微笑むと「どうぞお過ごし下さい」と言えば興元は忝い、と低い声で呟いた。
外では目白が鳴いている、茶は手をつけられぬまま冷めてしまい、互いに無言のまま過ごすのも苦痛ではない。
忠興の弟である興元は忠興と仲が悪いが雰囲気は良く似ており不器用な様相に至っては忠興と寸分変わらぬ。
此処最近のおとないはなく、何やら懐かしいと 庭を眺めていれば庭の光が螺鈿の文箱に入り夏の庭のように光る。
政情や玉子自信の状況とは大きく異なり此処はとても静かで優しい。
「姉上」
唐突に興元が意を決した声を出すと、はい、と玉子は目線を興元へとうつす。
額に小さな汗をかき、それが興元の意思を表していた。
「率直に申し上げる、ここを出て戴きたい。姉上のご実家は既にあられないゆえ、此方で姉上の落ち着ける場所をご用意致そう」
続く
PR